太極拳講師のひとり言

脊柱管狭窄症になったときには、もう以前のように動けないとあきらめていたが、元通り動けるようになって半年近くたつ。

今では以前よりむしろ調子がいいが、1月のはじめは24式太極拳ができたというだけで涙がにじんだ。だから今動ける自分を当たり前と思ってはいけない。

今はまだまだ身体の使い方に課題が山積みだけど、効率よく動けるようになった時の太極拳にどのような差が出るのか本当に楽しみだ。

功夫が足りなかったのか、功夫が足りない大きな要因は身体の使い方ができていないせいなのか。。たとえばきちんと動かせない身体での基本練習100時間と、きちんと動かせる身体での基本練習50時間。もしきちんと動かせる身体での練習のほうがずっと効率的なのならば、私は今後の教え方の中で、どのように身体を効率的に使うのか教えられるようにする必要がある。

私はまだ自分がそこに到達していないし、効率的にできている人は案外そのことには気づいていないかもしれない。



すっかり動けるようになり、以前とほぼ変わらない動きができるようになってきた。いや、むしろ脊柱管狭窄症を発症する前より調子がいい。それでも調子がいいのは、ブロック注射の影響があるからなのかわからないし、理学療法士さんから身体の使い方の癖を指摘されているので、習っている中国武術の練習はしばらくあきらめることにした。

今はせっせとリハビリに通って、いまだで気づいていなかったことをたくさん指摘されて、家で毎日教わった体操をしている。

今まで練習すればできるようになる、と信じてひたすらやっていた。もちろんそうなんだけど、身体をきちんと動かせていればきっともっと効率がいいはず。

こういったことを少しでも、同じく大変だった人たちにシェアできればと本当に思う。

脊柱管狭窄症を患ったというと、私もそうなんですよ、という生徒さんが何人かいた。また、外でも経験者が多いのに少しびっくりした。決して共通の話題ができてうれしいとかいうわけではないが、共感しあえるものがある。レッスンでは生徒さんの動きなどには、さらに気を付けてあげられるようになった。

幸い私は今のところ薬を服用しなくてすんでいる。年末に飲んでいた薬はかなり副作用が強くてふらついていたので、飲まなくて済んでいるのは本当にありがたい。

つらかった。ほんとうにつらい日々だったけど、これからのレッスンにこの痛みとつらさはきっと生かされていくのだろう。

1月5日のレッスン復帰に向けて24式太極拳をやってみた。できる!!思わず涙が出てしまった。

これもすべて理学療法士さん他のおかげだ。なんてすばらしい仕事なんでしょう。だんだん動けるようになって、歩ける距離も増えてきて、スーパーくらいなら一回しゃがむくらいで、行けるようになってきた。動けてくるにつれて家族の優しさが減ってきた気がしないでもないが、それでいい。日常でいい。

12月の頭に接骨医院に行ったその夜から腰が痛くて、夜も眠れなくなってしまった。あまりにも痛くてペインクリニックに行って、ブロック注射を打ってもらった。

3日間ぐらい眠れない夜が続き、その後数本のブロック注射を打ってもらって、なんとか数分歩けるようになってきた。その後、整形外科でMRIをとってもらって脊柱管狭窄症と診断され、リハビリの日々を送って、新しい年を年始を迎えようとしている。

もしかして歩けなくなるのでは?という覚悟を決めた日々。1月5日から復帰したいというと困った顔をして苦笑いをする理学療法士の方々。

それでも必ず教室に戻る、という思いで来年に誓う最悪な年末。

先日着物教室のお稽古で、みんなで「日本の男性はなぜ歯の浮くようなことを言ってくれないのか」という話になった。

「なんかおせじでも言っとけば、おかずの一品も増えるかもしれないのにね」「果物もついちゃうよ」などと話していた。言うのははただなんだから、とりあえず言っといて相手をいい気にさせてくれればいいのに。

もっとも主人から急に歯の浮くようなことを言われたら、ものすごくとまどうか、何かやらかしたかと怖さを感じるかもしれないが。。。


先月義父のお供で主人とともにクルーズの旅に出た。

とても楽しい旅だったのだが、ひとつだけ思うのは済州島でのこと。

タクシーをチャーターして、日本語の話せる運転手さんに案内してもらい。一生懸命やってくださったのだが、問題は運転手さん推しのところは日本にも、特に私の町にもあるということ。

たとえば抹茶アイスクリームがおすすめの店に連れて行ってくれたのだが、静岡はお茶の観光地だ。海の眺めが素晴らしい景勝地も推してくれたが、静岡にも三保の松原がある。運転手さんの、”どうだ、すごいだろう”といった言葉とドヤ顔を見ると言えなかったんだけどね。たのしかったら、もう一度済州島には行ってみたいと思っているんだけどね。

以前海外の知り合いをお昼に連れていく中、途中の道々を「きれいです」と何度もほめてもらったことがあった。私たちにしてみれば「何が?」というと単なる山道だったのだが、彼女の町では、あまりみずみずしい緑は見られないらしい。

そんなことも思い出しながら、どこかに連れて行ってあげるときにはその人のバックグラウンドがわかっていると、もっと案内しやすいのかもしれないと、済州島の海を思い出しながら思うのだった。



最近の夏の暑さは異常だ。20年以上にわたってやっていた清水七中の八月の練習も、この数年は休みにしてきた。体育館でエアコンがないので、熱中症対策のためには仕方がない。

しかし今年は25周年表演会に備えて、自由参加で有度交流館で練習をしている。この会場はエアコンがあるとものすごく助かるが、この快適さを知ると逆に9月から体育館に戻れるかな、と不安になってしまう。

昔は~だった、という大変な状況での練習自慢をよくしてたけど、今はもう、昔とは比較にならないくらいの暑さだ。

やっぱりなにかがおかしいのかな。

この数年間はゆるい筋トレとストレッチをしている。最近よく見るのは、筋トレは”みおジム”で、ストレッチは”みおジム”か”b-flow”

それらの説明でたまに「背中を長くして」「薄いおなか」などのフレーズが出てくるので、これはいいと思って使ってみている。私もそうかもしれないけど、スマホ首っぽくなってしまった方には「長い首」などという言葉も使っているが、これは意外とわかりやすいみたいで、スッと意識してくれる。

ありがとうございます。

たまに方向がわからないと言われる。重心をきちんと乗せれば必然的にその方向に向くのだけれども、なかなか重心をのせきることができなくて、そのまえに体を動かしてしまうから、覚えなければならないようになってしまう。これは確かに私も最初は全然わけわからなかったもんな・・とおもう。でも自分がわけわからなかったから生徒さんもわけわからないよね、で済ませるわけにもいかない。から、どうやって伝えよう?規定集をよんだり、動画を見てみたり、あっちから見て、こっちから見て。でもやっぱり重心だよな。

先日茶道のお稽古でいろいろ質問したら怒られてしまった。

順番優先ではなくて動作の一つ一つを丁寧にやりなさい、まずはなんでだろうと考えずに教えられたことを10年くらい黙ってやりなさい、と。

先生はものすごく真摯に茶道の稽古に取り組んでこられたので、尊敬する方だ。しかし私は茶道の先生になるわけじゃないし、趣味だもんなあ・・・と思ってやめようかな、と少し考えてしまった。

そして時間が経ってくると、先生が言うことはものすごく深い言葉だよな、と思うようになってきた。10年黙ってやる自信はあまりないけど、やってみようか。



ある程度習っていって、伝統に興味を持ち始め陳式太極拳をずっと練習してきた。といっても陳式の風格にはまだまだ及ばない。それでも好きだな、と思ってやってきた。

ただ、生徒さんで楊式が向きそうな方がいて、生徒さんがやりたいといった場合に備えて、教えるためにまず自分が練習しようと、練習を始めた。本当にものすごく久しぶりだが、やってみるととても気持ちがいい。もちろんこちらも楊式の風格は全然でていないのだが、こんなに気持ちのいい套路だったなんて、気づかなかった。習ったときに気づいていればよかったけど、あのときは全然興味も持てなかった。年齢と関係あるのだろうか?あるいは少しは太極拳がうまくなって、その良さが分かるようになったのか?

上達したからだといいなあ。。